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映画覚書用ブログだったはずが最近ラップバトル動画覚書用ブログに

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イントゥ・ザ・ウッズ(ネタばれあり)

おおいにネタばれているのでいったん畳んでおきます。
「ダーク風アフター・ハッピーエンド」という前評価を知りながら観に行ったのでいつ誰が脱落するのかハラハラしながら観ていました。本作は「赤ずきん」「シンデレラ」「ジャックと豆の木」「塔の上のラプンツェル」のおとぎ話が織り交ぜられた作品なのですが、其々おなじみのハッピー・エンドを迎えて気持ち安堵してからの、怒涛のアタック・オン・タイタン展開に度肝を抜かれました。シンデレラがパン屋の妻から、金の靴と引き換えにもらった魔女のマメを捨てた複線シーンが、あのように回収されるのかとなるほど納得。そもそも何故巨人が王国を攻撃するはめになったのか?シンデレラが天までそびえる豆の種を不用意に捨てなければ、女巨人は豆をつたって地上に降りることはなかった。ジャックが空の上から巨人の持ち物を盗まなければ彼らは地上に降りてこなかった。赤ずきんが金の竪琴を見たいと言わなければ、ジャックは巨人から物を盗まなかった。パン屋がジャックの牛と豆とを交換しなければそもそもジャックが空の巨人の国に行くことはなかった。魔女がこんな豆を育てなければこのようなことはまず起こり得なかった。こうした責任のなすりつけ合いをする“Your fault”のシーンですが、誰の責任とも一概に言えない、それぞれの過失があって悲劇が起きているわけで、展開が巧いことできているなあと思いました。(ちなみに、人的ミスではない過失としか言いようのない出来事をアリストテレスはギリシア悲劇の物種とすべしと説いていたようです)責任のなすりつけ合いの果てに、「全部魔女が悪い」と意見が一致してからの“Last midnight”のシーン。「あんたがたが何を犯してしまったかはいま問題じゃない、ただジャックを女巨人に寄こせば皆助かる。今は私が正しい。『魔女だから』と言って全部私のせいにするならば、もう勝手にしたらいい」という内容で、魔女は自ら退場してしまいます。魔女を悪役に回してきたおとぎ話の理法を揶揄するようなメタフィクション的な歌詞です。とくに本作の魔女は過保護故にラプンツェルを幽閉するような母性を持った人物としても描かれており、善と悪とは明確に定義しえないものだということを考えさせます。この教訓は、女巨人討伐の前の、シンデレラが赤ずきんに、パン屋がジャックに語りかける“No one is alone”のシーンでも反芻されています。誰かがあなたを欺くかも、何を良しとするかはあなたが決めなさい、という内容。結局、乳が出る牛が欲しいと願ったジャックは巨人を怒らせてしまい、舞踏会に行きたいと願ったシンデレラは浮気が原因で王子と別れ、子供が欲しいと願ったパン屋は妻と死に分かれてしまった。願いの裏には代償がある、悪役にも道理がある。色々な教訓を強く受け取る作品でした。しかしおとぎ話が混淆されている以上、登場人物が非常に多いのですが、どの人物も人間性が感じられて魅力的でした。(ジョニー・デップはすぐに退場したけど)ブロードウェイ版よりはダーク展開は緩和されていたようで、ラプンツェルは本当ならば死んでしまう展開だったようです。こうした展開だからこそ、魔女がラプンツェルに歌う“Stay with me”は悲哀の色を帯びてくるのだというコメントを見て、なるほど、と。ただ、前記事でも触れていましたが、本作は特にディズニーの築いてきた世界を粉砕するようなパワーのある作品で、ディズニーにも脱構築の波が来ているのかしら…と少し。(本作で王子の不倫現場を描いてからの、次回作が『シンデレラ』とはこれいかに)
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