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映画『タイタニック』における「飛翔する者」のイメージの転用

 『タイタニック』は主人公ローズにおいて勝利の女神ニケなどの「飛翔する者」のイメージを重複させ、「自立する女性像」の象徴としてそれらを効果的に使用している。

 まずローズに重ねられている「飛翔する者」のイメージとして、天使、蝶、ギリシャ神話の勝利の女神ニケの三点を取り上げたい。このことについて、実際に映画のスクリーンショット、セリフ(日本語版字幕と原文の対訳)、シーンごとの着想源となったであろう先行作品などの視覚資料を用いて考察していく。


図1  
You're as like to have angels fly out your arse as get next to the likes of her.
「やめとけ。手の届かない高嶺の花だ。身分が違う。」

 さて、第一に天使について取り上げたい。図1 はジャックがローズを見初めた時に、ジャックの友人トミー・ライアンが「彼女は高嶺の花だ」という言葉を放つシーンである。日本語字幕では社会的階級の低いジャックに対する上流階級出のローズを例える言葉に「高嶺の花」が用いられている。しかし原文では「彼女のような人の隣を得ることは、君の尻から天使が飛び立つのに等しいことだ」といった意味の言葉を放っている模様である。そこではローズはジャックにとって手の届かない存在としての「天使」と例えられていると言えるだろう。


図2
They've got you in a glass jar like some butterfly,
and you're goin' to die it you don't break out.
「君は捕らわれた蝶だ。逃げなきゃ死んでしまう」

 次に蝶について取り上げたい。図2はローズとその婚約者キャルとの(形上の婚約者及び政略結婚という)関係、窮屈に感じながらも、家系の存続の為に自らを押し殺し上流階級に身を潜めるローズを、ジャックは「捕らわれた蝶」に喩えるシーンである。そのことを明示するかのようにローズの頭には蝶の髪飾りが飾られている。


図3
I’m flying!
「空を飛んでるわ!」


図4
《サモトラケのニケ》(前190年頃、パリ、ルーブル美術館)

 「飛翔する者」のイメージとして最後にギリシャ・ローマ神話の勝利の女神ニケのイメージを取り上げたい。ニケを思わせるポーズ、あるいは図像はタイタニックにおいて何度も使用され、おそらく監督がローズにおいて最も明確に重ねていたイメージと言えるだろう。
 さて図3は 物語の最頂点にあたる、船の舳先でローズが両手を広げ、それをジャックが支えるポーズである。このポーズが図4の船の舳先に降り立つ女神ニケを彫刻したものである《サモトラケのニケ》(前190年頃、パリ、ルーブル美術館)にインスパイアされたものだということはある程度周知の事実のようである。


図5


図6

 次に図5、図6に出てくる時計の装飾に注目されたい。前述したように監督が勝利の女神ニケのイメージを、この映画において意識的に使用しているのは確かであり、それを暗示させるのが映画において頻繁に現れるこの時計の装飾なのである。図5はジャックを交えての一等客との晩餐会の後、三等客のパーティへジャックがローズを誘おうと待ち合わせしたシーン、図6はラストにおいて年老いたローズが夢に見た、タイタニックにおいて乗客に祝福されながらジャックと再会を果たすシーンである。


図7
《ウルピア・ドムニナの石棺》(3世紀、ローマ、ローマ国立博物館)
正面から→http://ancientrome.ru/art/artworken/img.htm?id=3751


 この時計の装飾は向かい合うローマ神話のウィクトリア像(=ニケ)を示していると言ってよさそうだ。時計のウィクトリアの足元に月桂樹が置かれているが、これはウィクトリアのアトリビュートと一致している。この向かい合うウィクトリアという図像に典型的なものが図7《ウルピア・ドムニナの石棺》(3世紀、ローマ、ローマ国立博物館)のような石棺に表された、故人の生前の業績を讃えた碑文や、肖像を抱え、向かい合うウィクトリア像である。ローマ時代においてこれらの装飾は、故人の死に際して生、あるいは永遠となる魂の勝利を讃える為に表された。


図8
"Come Josephine in my flying machine..."
「ジョセフィ-ン飛んで・・・空飛ぶマシ-ンで私のところへ・・・ 高く高く大空に・・・・・・。」


図9
《勝利の女神ニケ》制作年不明、エフェソス

 これら勝利の女神ニケ、あるいはウィクトリアのイメージを示唆するシーンはもう一つある。それが図8の、既にタイタニックが沈没し、救出用ボートに乗れなかった乗客1500人が海に投げ出され、ローズがジャックと「何があっても生き残る」という約束を交わした後のシーンである。ローズは筏のように(おそらくアーチ型の門の)彫刻の上に乗り、片腕を上げ、足を交差させた特徴的なポーズをとっている。これもおそらく図9(《勝利の女神ニケ》制作年不明、エフェソス)のようなニケの図像に起源を求められるものだろう。図9は「ヘラクレスの門」のスパンドレルの装飾と思われるものだが、図8においても門のスパンドレル部分にローズが乗っていることを考慮すれば、この図像的な一致は偶然には思われないのである。


図10
ピエトロ・ペルジーノ作《幼児キリストと聖人を伴った栄光の聖母》1495-96年、ボローニャ、国立絵画館

 図10はピエトロ・ペルジーノ作《幼児キリストと聖人を伴った栄光の聖母》(1495-96年、ボローニャ、国立絵画館)であるのだが、このように古代には石棺において「故人の生の勝利を祝福する」図像として用いられた女神ニケは、後世にはキリスト教によって天使へと変容を遂げる。この天使たちは図10のように聖母やキリストの顕現、あるいは昇天の際によく描かれるのだが、こうしたことから亡き人の魂を冥界へ送る存在であったとも言えるだろう。
 こうした意味で、図8のシーンにおけるローズも、ニケに典型的なポーズをとってはいるが、意味としてはこのような空中に漂い、故人を見送る者としての天使という方が重視されているのかもしれない。このシーンでローズが口ずさむ“Come Josephine in my flying machine”は1910年代においてヒットした歌謡曲なのだが、この歌は前出の図3のシーンでジャックが口ずさむ歌でもある。このフレーズも図3ではジャックと共に歩むことを決心し、自由になったローズを暗示させるような使い方がなされていたが、図8では生死を彷徨うジャックとローズの現状をほのめかすように使用されていると言える。


図11

 では何故タイタニックにおいてこのような天使、蝶、勝利の女神ニケといった「飛翔する者」のイメージがローズにおいて重ねられていたのだろうか。この問いに回答を与えるのが図11の「絶対諦めないわ(I'll never let go.)」と言い、ジャックの亡骸を海へ弔い、ロウ五等航海士により救出されたローズが、自由の女神を見上げるシーンである。アメリカへの帰国を示唆させるものとして、この自由の女神が用いられていることには違いない。しかし、タイタニックの沈没において母親と別れ、それまで捕らわれていた上流階級という身分を捨て去り、解放されたローズを象徴する存在としてもここで用いられているのではないのだろうか。このシーンはタイタニックにおいてローズに重ねられていた天使、捕らわれた蝶、空へ羽ばたく勝利の女神ニケといった数々の「飛翔する」もののイメージが、囚われていたものから解放され、独り立ちしていく、「自由」あるいは「自立」するもののイメージへと変容し帰結を見せるシーンなのである。

  以上のことからタイタニックは、勝利の女神ニケなどの「飛翔する者」のイメージを、「自立しゆく女性」としてのローズに重ね、その象徴として効果的に用いていると言えるだろう。言い換えればタイタニックは、ジャックとの出会いを通し、諦めることをせず自分で決断し行動することを学んだローズの成長譚とも読めるのである。その鍵となるのがこれらの自由に空へと羽ばたくニケのイメージなのである。折しも、タイタニックが沈没した1912年のアメリカでは、女性参政権を求めるデモ行進が行われ、フェミニズム運動の第一波が押し寄せていた。

※スクショとっている時点であれですが、
このブログの絵画・彫刻等の写真はパブリック・ドメインに帰しているものを使用しています。
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